A 矢吹町(IA姉妹)2016/7/20
私は1996年に島根県の松江で誕生しました。出雲の国で、神話を聞いて育ちました。私は物静かな少女で、まったく目立たない存在でした。しかも自分に自信がなく劣等感を感じては、死にたいと考えるほどでした。
伝道は、電話での勧誘からでした。会話が弾んで親近感を抱霊の親に抱きました。そのことから教会に通い始めました。霊の親が広島に行くと、私は行かなくなりました。やがて短大に入り、統一教会の批判を聞くこともありました。それから私は、洋服の型紙を造る仕事に就職しました。ところが、上司との人間関係にとても悩むようになりました。
私が悩みの絶頂の頃、6年振りに霊の親からの電話が入り再び教会に通い始めました。彼女は6500双の祝福を受け1年間韓国で活動して帰国したのでした。文鮮明先生が『3万双の祝福家庭に伝道をしなさい』と言われました。彼女は日本に帰国し、真っ先に私に電話をしてきてくれたのです。
帰国した霊の親夫婦に会いました。初めて会うのに涙するほど、霊の親の夫はとても心情的な方です。私が一度手紙を書けば、彼から3通が届きます。
私は心の矛盾性を感じて生きてきました。私に本心などはなく、邪心だけを持ち全く価値のない者であると思いました。
修練会で信仰の決意する中で、神様が私を尋ねておられると思えたのです。私には生きる価値があることを発見できたのです。そのことが私の信仰の出発となりました。寂しく孤独でしかなかった自分の心を開き、夫と家族と共に生きたいのです。 感謝