A 白河市(TT兄弟)2016/6/8

私は3年程で還暦を迎えます。今年の3月にショッキング゙な出来事が3度も続きました。自分の人生設計をもう一度、み言を中心の公的生活をしたいと考えました。

私は1982年に“光の子園”の保育士に伝道されました。それまで私は“モルモン教”や“ものみの塔”に通いましたが、洗礼を受けることや王国会館で礼拝を受けるまでには至りませんでした。また“神慈秀明会”の京都の本山への誘いも受けました。

伝道されると、45番の聖歌“主は我が牧者”を歌い感動しました。原理講義のVTRは興味深く見ました。手渡された“原理講論”も一週間で読み切ってしまうほどでした。

そして、1983年にはみ旨に献身をしました。振り返ると苦しいことばかりでしたが、今は懐かしいものです。私は話すことが苦手でしたが、青年や壮年婦人の教育センターのカウンセラーもさせていただきました。様々な訓練や経験をさせていただきました。

それから還故郷して、田舎の図書館司書の仕事をするようになりました。それから24年を経ます。仕事は頑張りましたが、自分の愛のや霊人体の成長を考えると失われた期間です。

今、原理講論を読み返しながら77歳を私は目指しています。人は苦しみの為に生きるのではないかと思える時があります。しかし劇的な神様との出会いはありませんが、自分が祈り願ったことは必ず叶えられてきたのです。

天一国に入る為の神氏族メシヤになるにはまだまだ大変で努力が必要です。長い時間的スパンで考えてみます。“統一原理”は自分だけの宗教ではないと私は考えています。全ての人にみ言を伝える時の来ることに希望を抱きます。

感謝

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