A 白河市白坂(AM姉妹)2016/6/29

私は19歳で伝道されました。今年で40年の信仰生活になります。今まで教会から離れようとする思い持ったことはありません。私は人類を代表するのであるという自覚があり、私たちはまず神に出会ったことに感謝するべきであり、苦労と忍耐は当然と考えていました。

我々の常に帰るべき所は神でありみ言なのです。私はもう一度、信仰とは、み旨とは何にかを考えなければなりません。私は生まれ変わり、信仰の再出発しようと思います。自分の心を裂いて堕落性を脱ぎ捨てて神の愛を知るべきなのです。

残念ながら、今の私には神氏族メシヤとしての自信や確信もありません。祝福家庭として誇れるものが自分にはないのです。“み旨の道”の中に『神様のみ前に誇れる3つを持て』というものがあり、私なりに考えてみました。

私にとって誇れるものの第一は夫であり、二番目は三人の子女であり、そして三番目は“私自身”であるのです。私自身を供え物として分別し、神に用いられる私になります。

原理講論の中には責任分という思想があります。アダムとエバが、責任を果たさなかったことが堕落なのであり罪なのです。人間始祖は、責任を果たせませんでした。

私たち信徒が責任を果たせば、100名の礼拝も可能なのです。生活の中で常に神の声を聞いて、最後まで責任を果たせる自分になりたいのです。                                                                                         

 感謝

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